例文
①:目の前にミカンがあった。だから、私はそれを食べた。
②:目の前にミカンがあった。しかし、私はそれを食べた。
考察
上記①と②の違いを考えたいと思います。両者は1文目と2文目のつながり方が異なっており、①は順接、②は逆接です。
「A。だから、B。」という順接には「Aという表現から『想定される』Bを示す」効果があります。そのため、①は「目の前にミカンがあった場合、それを食べることが『想定される』私」についての話です。
他方、「A。しかし、B。」という逆接には「Aという表現から『想定されない』Bを示す」効果があります。そのため、②は「目の前にミカンがあった場合、それを食べることが『想定されない』私」についての話です。
ミカンを好む人は①が、そうでない人は②がしっくりくるのではないでしょうか。このように順接と逆接とでは話の前提が大きく異なります。
ここで留意すべきことが2つ。
第1は、順接と逆接の違いが視覚的には小さなものであるということ。「だから」と「しかし」で言えば、たった3文字の違いに過ぎません。しかし、この小さな違いが言葉の背後にある前提条件を大きく左右します。「だから」と言うべき場面で「しかし」と言ってしまうと、意図していない情報を伝えることにつながってしまいます。
第2は、「想定している/想定していない」のが発信者であるということ。Aという言葉から何を想定するのかは人それぞれです。受信者は、順接と逆接の記述を参考にして「発信者の頭の中にあるものはどのようなものなのか」を考えます。「受信者がどのように情報を捉えるのか」をコントロールしないとコミュニケーションとしては不完全なものになってしまいますので、「どのように読んで欲しいのか」を考えて順接と逆接を使わなければなりません。
これまで本記事執筆者は、さまざまな文化圏で教育を受けてきた人、幅広い年齢層の人に対してエッセイ指導をしてきました。その経験の中では「言葉で示されたものしか評価しようがないので『察してね』という気持ちを封印してください」と注意をする頻度が非常に高かったです。振り返ると、特に日本語圏の教育を受け続けてきた若年層の人に対してこの指摘をすることが多くありました。順接と逆接によって表現される言葉の背後にある前提条件は、発信者にとっては当たり前のことが多く、特に気をつけるべきでしょう。
トレーニング
「A。だから、B。」を言い換えると、「B。なぜなら、A。」となります。このように、順接は「理由を示す」効果もありますので、そのミスは「論理のミス」と評価される危険性が高いのです。逆接は「順接の否定」ですので、このミスも「論理のミス」と評価されかねません。
順接と逆接を正しく使う力は、論理的に表現する上で欠かせない資質です。この力を向上させるためにはどうすればよいのでしょうか。いろいろな方法があるでしょうし、受験指導の中で実践してきたものも複数あります。その中で、比較的、効果が出やすいと思われるものを紹介させていただきます。
それは、「だから」と書きたくなった場合に「『しかし』と書いたらどのような意味になるのか」を考える習慣を身につけることです。同様に、「しかし」と書きたくなった場合には「だから」と書いた場合をイメージします。順接・逆接を使用する意図の見直し。この回数を増やすことによって、順接と逆接を正しく使う力が高まっていくでしょう。
不慣れな人のエッセイで特に多いのは「なぜこの場面で『しかし』を使っているのか」が不明確なもの。順接と逆接は対概念ですので、順接と区別したい場面で逆接を用いるのが基本です。「順接と区別したい」という意図が見えない逆接の使用を避けることがライバルに差をつける第一歩になるかと思います。
最後に、「順接と逆接の言い換え」には大きな副産物も期待できることをお伝えしましょう。
上述しました通り、順接と逆接によって表現される言葉の背後にある前提条件は、発信者にとっては当たり前のことが多いです。これは「他の人にとっても当たり前だ」と言い切れない情報でもあります。「だから」や「しかし」を書こうとした直感の中に「他者に伝えるべき情報」が隠れていることも多くあり、そうした情報を見つけるためにも「順接と逆接の言い換え」を習慣にすることをオススメします。
また、「だから」と「しかし」を言い換えることによって、ほんの少しの時間でしょうが、「自分自身の当たり前」から離れることが可能です。その時間の中で、新たな発想との出会いが待っているかもしれません。これまでの指導経験から言えることでしかありませんが、「自分自身の当たり前」を疑って見直す習慣が身についている人のエッセイには凄みがあり、そのようなエッセイは、表現の巧拙を問わず、高い評価に値します。
順接と逆接のトレーニングは、さまざまな面でのレベルアップにつながる可能性を秘めていますので、これからの受験生には特に力を入れていただきたいと思います。
(吉崎崇史)