25歳、若手英語講師のぼくの修行が始まりました。
当時のぼくは、高校生の時から通っていた地元の塾で講師として働きながら、英語専門予備校の師匠に弟子入りしました。
初めは師匠の授業見学からスタートです。英語講師としての勉強ももちろんですが、同時に英語学習者としても大変勉強になりました。自分の知らないことばかりでした。
挨拶活動が転機に
以前にもこのシリーズのどこかで書いたように、ぼくは人見知りです。仲が深まればいろいろな話をできるのですが、初めて会った人とフレンドリーに接することが苦手です。別にこの性格がダメだと思っていたわけではありませんが、少しでも克服できたらなとは感じていました。
だから、師匠に対しては頑張って自分から話しかけようと努めました。師匠の授業見学を終えた後、彼が全ての業務を終えるのを待って、ご挨拶をして帰ることを毎週の決まりにしました。
「わざわざ待ってないで、先に帰ってくれていいのに」
師匠はこのように言ってくれます。
それでも、毎週ご挨拶のタイミングを待ちます。繰り返すうちに、一緒に帰るようになり、色々な話をして頂けるようになりました。
自分にとって彼は雲の上の存在ですから、下手な質問ができません。英語に関することでも、「くだらない質問をしたら失礼に当たるのではないか」といつも思いながら、色々なことを考えて質問を繰り返しました。
そんな毎週の儀式を繰り返していると、食事に誘って頂けるようになり、「仕事を手伝ってくれるか?」と言ってもらえるようになりました。
原稿チェックのはずが……
初めにお手伝いさせて頂いた仕事が「書籍の原稿チェック」でした。師匠とベテラン講師2人が書いたTOEFL試験対策の書籍でしたが、「その原稿をチェックしてくれ」という依頼でした。
当時のぼくは大学受験に臨む高校生にしか英語を教えたことがなかったので、TOEFLなんて全く知りませんでした。全く知りませんが、だからと言って「できません」とは言えません。原稿チェックに取り掛かる前にTOEFLについての勉強を始めました。公式問題集や市販のテキストに一通り目を通してから、原稿チェックに取り掛かりました。
師匠たちが書いた原稿と本番の試験で出題される問題にズレはないか、本番の試験を見据えた時にどういう問題を加えた方が良いかを洗い出してくれ、と依頼されていました。全く経験のない作業でしたが、とにかくできる限りのことはしました。
チェック結果を師匠に手渡すと、「ありがとう。じゃあ、足りないと思う部分は君が書いてくれ」と言われました。
「えっ? ぼくが書くんですか?」
これが内心でした。とんでもないチャンスが巡ってきたと思い、「ありがとうございます!」と答えました。
人生で一番頑張った
やるとは言ったものの、全く経験のない作業がまた始まります。25歳のぼくには大学でのレポートや卒論を除いて何かを書いた経験なんてありません。ましてやベテラン講師陣が書いた原稿に加える形で若造が原稿を書くわけですから、不安が募ります。
とはいえ、やるしかありませんから、全力を尽くします。師匠方の書いた原稿に真似る形で、自分なりに問題を作って解説を書いていきます。原稿の提出締め切りを師匠に伺ったところ、「あっ、締め切りな。もう過ぎてるねん。そんなもん、あってないようなもんやから、気にしなくていいよ」と半笑いで言われました。ぼくの頭の中ではパニックでしたが、何とも豪快な人だなと思いました。
とは言え、できるだけ早く原稿を提出しないといけないと思い、文字通り、寝る間を惜しんで原稿執筆に打ち込みました。授業をする傍らでの執筆作業ですし、何よりも経験がないので、どうしても時間がかかってしまいます。この時も自分なりの最善を尽くしました。これまでの人生で間違いなく一番頑張ったと胸を張れる時間です。
師匠に原稿を渡すと、「よく頑張ったな」と言って頂けました。その一言で全てが報われた気がしました。
勝手についていって手伝う日々
その後もぼくの修行は続きます。
授業見学に加えて、師匠の講演会などには時間が許す限りどこへでもついていきました。教育委員会に関連する仕事を彼がやることになった時には、勝手についていってアシスタントをします。彼が映像授業の撮影を深夜にスタジオでやる時にも、勝手についていって撮影用の板書係をやりました。
とにかく、断られない限りは、図々しくもアシスタント役を買って出ます。ストーキングに近いものがありました。校舎のスタッフたちからは、「無理についていかなくても良いんですよ」と言われ続けました。
もちろん、給料など一円も頂きません。お金を頂けるようなことは何もしていませんし、それどころか自分がお金を払うべき立場かと思うほどに充実した日々でした。実際のところ、ぼくにとっては修行でも何でもありませんでした。ただただ自分のしたいことをやっていただけでした。
本当に色々なことを経験し、勉強させて頂けました。あんなに刺激に満ちた日々はこれまでに経験したことありません。
「苦手なこと」をやってみる
現在ぼくはまだ38歳の若造ですが、これらの経験から一つだけ言いたいことがあります。
それは、自分の苦手なことを率先してやってみると良いことがある、ということです。ぼくは人見知りですから、初めのうちは師匠に話しかけることが本当に大変でした。でも、今振り返ってみれば、あの時、彼に毎週必ず挨拶をして帰ることを続けたことが、ぼくのこれまでの人生のターニングポイントでした。
自分がしたくないことはしなくても良いと思います。でも、自分が苦手なこと、少しでも克服したいと思っていることに取り組んでみることはいいことだと思えるようになりました。
(鈴木順一)