以前、本サイト上で多くの寄稿をしてくださった「とあるキリスト教教会関係者」。
コロナ禍でのイタリア留学という特殊な体験を経た現在の状況について語ってもらいました。
最後にロジカルノーツに記事を書いてから3年以上が経ってしまった。
読者の方には既に忘れられた存在になってしまっただろう。お時間のある方は、「あぁ、こんな人いたな」と思いながら前の記事を読んでもらえたらありがたい。
さて、この3年で何があったのか。
全てを詳しく書くことはできないが、ロジカルノーツから近況を書いてほしいと言われたので、少し紹介したい。
3年間で学んだこと
3年で無事に修士号を取り終えた。
イタリア語の勉強ではなく、イタリア語で勉強するのに、(今となっては大昔のように思えるが)コロナのこともあり、1年目の1学期は正直大変だった。慣れない中、ほとんどの授業がオンラインで周りの友達との関わりもない中、手探りでの勉強だった。
勉強が進むにつれて、結果としてヨーロッパの社会制度(の一部)を「制度・国家としてのカトリック教会」の観点で学ぶことができたのは、非常に有意義だった。
そして、結果的に、いかにヨーロッパ人と日本人のメンタリティーが違うかということに気づいたのだ。
近況
話を戻して、以前の私は「とあるキリスト教教会関係者」として紹介してもらっていたが、一番の大きな変化は「とあるキリスト教教会関係者だった」となったことだろうか。
先に少し書いたように、ヨーロッパ人と日本人のメンタリティーの違いの中で苦しんでいて、さらには自分に嘘をつかない生き方を選ぶために、全てを捨ててこの国(イタリア)に残ることを選択したのだ。
今は、日本語を教えながら、日本とイタリアに関わる仕事を探しているところである。
幸い、イタリア語は修士論文を書けるほどのレベルになったし、ヨーロッパで一般的に使われるCommon European Framework of Reference for Languages(CEFR)は、全体で6段階あるうちの上から2番目(C1)の証明書を持っている。
しかし、イタリアで働くとなると、いやたとえイタリアで働くにせよ、英語の証明書(上から3番目のB2レベル)が必要になるのだ。
イタリアに住んで、普通に生活する中では、はっきり言って英語なんて必要ない。しかし、私が観光で色々なところに行くと、相手のイタリア人は明らかなアジア人を見て英語で話してくる。私は相手が言っていることはもちろんわかるのだが、英語で返せず、イタリア語で返事をしているのだ。
端から見たら滑稽だろう。
イタリア人が英語を使って日本人に話し、日本人はイタリア語でイタリア人と会話をしているのだ。これは別に私がイタリア語ができることを自慢したいのではなく、「英語が出てこない」のだ。これはマズイ・・・。
ということで、今は英語のB2証明書を取るために勉強している。まだ自分が三カ国語をペラペラ話せるというイメージを持つことはできないが、イタリア語ができたのだから、時間をかければ英語もできるだろうと信じている。
今のところ、英語を勉強しているときは、日本の中高・大学で勉強した知識を引っ張り出しながら、「頭の中でイタリア語を英語に置き換えて文を作っている」というのが正しいかもしれない。従って、他動詞と自動詞の違いとか、イタリア語の文法では正しいけど英語では言わないとか、そのようなミスがあるのだ。
今後
はっきり言って、数ヶ月後、自分がどのような仕事をしているか、全く検討がつかない。
しかし、いずれにせよ英語の勉強は必要なので、4年前にイタリア語の学習をここで記録として残していったように、今度は英語をどのように学習していくかにお付き合いいただければ幸いである。
また、この3年間で学んだことやイタリアと教会美術や建築など、何かオンラインで勉強会ができれば、それも楽しいかなと思っている。
(とある元キリスト教教会関係者)