後編までお付き合いいただきありがとうございます。
ここでは、理学部生物学科で研究室に所属後どのようにして卒業論文(卒論)を書きあげるのか、についてお話させていただこうと思います。
※ どなたでも読みやすいよう専門性の高い部分は大幅にカットしておりますので気楽に楽しんでください!
「カラスとタヌキ、どっちがいい?」
私は、バラエティーに富んだ生物学科研究室の中でも、動物の行動や繁殖などの生態調査を中心に行う「生態学研究室」に所属しました。
前編で述べた通り、人気のある研究室は人があふれます。
そういう研究室の希望者たちは最終的に成績順でふるいにかけられるのですが。。
生態学研究室はありがたいことに!
奇跡的に!
私を含めて2人しか希望者がおらず、なんのドラマも無くあっさり2人とも所属が決定しました。所属が決まると、さっそく卒論テーマを考えて研究スタート!
しかし、4年生は研究初心者ですし、卒論提出までの期間も定められていることから、なんでも自由にテーマを決められるわけではありません。
なので、卒論テーマはよほどのことがない限り、研究室の教授などからある程度の方向性を提示されるのです。私たち2人の卒論テーマは、研究室と繋がりのある、近所の博物館の学芸員さんからいただきました。
ある日、私たち2人に対し、「カラスとタヌキ、どっちがいい?」 という単純難解な2択が提示されたのです。
哺乳類が好きだった私はタヌキを希望し、同級生はカラスを希望。
「じゃあキミ、タヌキね。」
わたし、タヌキ。
研究対象が決定しました。
「タヌキっぽい糞が落ちてるんだけど、調べてみてくれない?」
突然決まったものの、タヌキと言えば、もふもふ、ふわふわ、ずんぐりむっくり、日本を代表するかわいい野生動物です。徐々に湧いてきた嬉しい気持ちを胸に、さっそく同級生とともに、テーマをいただいた学芸員さんのもとを訪れました。
詳細を聞くと、カラスに関する研究テーマの内容は、大阪市内に生息するカラスの種類と数、分布の調査というものでした。
うんうん、なるほど。楽しそう!
一方タヌキに関しては、
「(博物館横の)植物園にタヌキっぽい糞が落ちてるんだけど、調べてみてくれない?」というお話。
・
・
・
はい?
糞??
もふもふ、ふわふわ、ずんぐりむっくりのタヌキ、ではなく、「タヌキっぽい糞」の調査ですか?
目を見開く私と、目を背ける同級生。
カラスかタヌキ、2択の明暗が分かれた瞬間でした。
とはいえ、今更あとには引けません。もう糞だろうと何だろうと、研究初心者やし、なんでも経験や!と、なかばヤケクソ気味で調査を開始することになったのです。糞だけに。
卒論テーマの決定
ところで、「タヌキっぽい糞」ってなんだろう。
と多くの方が疑問に感じておられると思います。
そうなんです。
タヌキの糞、正確には「タヌキの糞の仕方」にはある特徴があるのです。
それは、複数個体が同じ場所に、まるでそこにトイレがあるかのように糞をする、という習性です。業界ではそれを「ため糞」と呼ぶのです。今回植物園で目撃された何らかの動物の糞も、「ため糞」の様相を呈しているとの事です。
しかし、肝心のタヌキを目撃した人は1人もいないというのです。しかも、そのため糞は、ある時期に突然消失したり、また出現したりするらしいのです。
おっと。
急にミステリーな流れに。
何はともあれ、ちょっとワクワクしてきました。
と、いうことで、研究室メンバーの助言もいただき、卒論のテーマは、
- ①:「ため糞」の犯人を突き止めろ!
- ②:消える「ため糞」の謎を追え!
- ③:糞を回収分析して犯人の食性(何を食べて生きているのか)を解き明かせ!
の3本立てでいくことにしました。 対象動物さえ不確定な状態だったので、卒論にできるようなデータがとれるかは正直賭けでした。
仮に、①②が不明なまま、③(食性)だけが解明できた場合、「謎の動物がこんなものを食べてため糞を形成するが、なぜかときどき形成しなくなる。」という悲惨な卒論になってしまうのです。
え、そんな状態で卒論研究をスタートするなんて、不安や!と感じる人もいるでしょう。なので、ここで少しだけ脱線してお話しておきたいことがあります。
そもそも研究には、「確実に成果が出る」ものなんてないと思うのです。
どんな結果が出るのか。
そもそも答えはあるのか。
やってみるまで誰にもわからないのです。
誰にもわからない。
だから、研究するんです。
つまり、自分の好奇心の赴くまま、開き直って楽しんだもの勝ちなのです。
もしこれが、就業先での「仕事としての研究」であれば、一定期間内になんらかの結果を出さなければならない、というプレッシャーもあるでしょう。
しかし、大学生はただ、「勉強」ができればいいのです。「自分でこう考えて研究してみたが、思ったように結果が出なかった。」というのも、それ自体が結果であり、成果であり、勉強なのです。
そう考えると、研究に「失敗」などはなく、何を得られるかは本人の学ぶ姿勢次第だということです。恐れずに楽しみましょう。
卒論完成まで
では、話を卒論に戻しましょう。
①:「ため糞」の犯人を突き止めろ!
これはシンプルに、ため糞周辺にカメラを仕掛けてみることに。目撃情報がないということから、犯人は夜行性の動物であることに間違いはないでしょう。
ぜんぶで6個ほど確認されている「ため糞場」に、自動でシャッターが下りる超高価なカメラを貸してもらってさっそく夜間設置させてもらうことにしました。
よほど警戒心の強い生き物でない限りはこれで大丈夫なはず!
祈る気持ちで朝を迎え、ドキドキしながらデータを確認。
すると、、、
写ってました!
もふもふ、ふわふわ、ずんぐりむっくりのタヌキ!
パソコン越しで、はじめまして!
ため糞の犯人はタヌキでした。よかった。。。
②:消える「ため糞」の謎を追え!
これに関してはなんとなく想像はつくでしょう。おそらくタヌキはため糞の場所を転々と変えていくのだろうと。
そこで、念のため、ため糞場での夜間撮影は継続しつつ、新たなため糞が形成されていないか、植物園の定期的な見回りを開始しました。
広~い植物園内を、端から端まで、ただひたすら下を向きながら歩くのです。
見逃しがあってはいけないので、学芸員さんたちにも応援をお願いして、3人がかりで丸1日かけて歩きます。
余談ですが、お互いに顔を見合わせず、ずっと下を向きながらしゃべっていると、驚くほど会話が弾まない、ということを発見したのはこの時です。
ちゃんと人の顔を見て話すのって大事ですね。
そんなこんなで少し月日が流れたある夏の日、設置したカメラを回収しに行った時、事態は急変しました。
ため糞が、、、、、ない!!!
あわてて写真データを確認!
予想通りならば、タヌキは写っていないはずです。
でも、、、
データを見る限り、タヌキは普段通りに現れ、糞をするポーズも写っているのです。
あれ!?
ため糞が無くなる現象については、誰もが、
「タヌキが時々ため糞の場所を変えるから無くなる」
と思い込んでいました。
しかしそうではなく!!!
「タヌキは毎日ため糞場に来ているにもかかわらず、ため糞だけが消失していた」のだった!!
タヌキが写っていた時間を確認すると、夜22時~3時頃。私がカメラを回収しに行ったのは植物園開園前の朝9時半頃。その間にため糞が跡形もなく消えた、ということです。。 ミステリー。
「念のため」のカメラ撮影が功を奏したのです。
学芸員さんたちにもすぐに相談。話を聞いた学芸員さんも驚いておられましたが、この現象について何か思い当たることがあったようで、
「明日は明け方頃にカメラを回収しにおいで。」
とアドバイスをくださいました。
アドバイスいただいた通り、日が昇り始めるくらいの時間に訪れてみると、なんということでしょう。糞はほぼ原形を留めているではありませんか!
せっかくなので、各ため糞場を回りながらしばらく観察を続けてみることに。
そして、ついにため糞消失の真実が発覚!
辺りが明るくなったころから、もそもそと糞が動き始めたのです!
なに!?
よく見ると、糞を食料とする昆虫がわんさか現れ、みるみるうちに糞の原形が無くなっていきます!
ぎゃーーーーーーー気持ち悪い!!
じゃなかった、
すごい!
ほんとにすごい!!
あっという間に地面は平らになり、ため糞じゃない場所の地面と少し色が違う程度にまでなってしまったのです。。。
つまり、ため糞消失の真実は、生物用語でいう「分解者」たちのとてつもない速さの仕事の結果、ということだったのです。
ため糞が消失すると話してくれた学芸員さんは、植物園が開園した後でため糞を訪れていたので、観察したときにはもう完全に「分解後」だったということでしょう。
気温が高くなると、分解者の活動が活発になることは想像できます。
しかし、
- 糞の分解されるスピードが「まさかここまで」速いとは思わなかった
- そもそも、たぶんタヌキがため糞場を変えているんだろう、という「先入観」をもっていた
という2点の要因から、正しい答えにたどり着けていなかったのです。
「結果は、やってみるまでわからない。」を、まさに実感した瞬間でした。
③:糞を回収分析して犯人の食性(何を食べて生きているのか)を解き明かせ!
これに関しては、(もはや今更ですが)お食事中の方もいらっしゃると思うので、詳細を省かせていただきます。
ざっくりだけ。
糞を採集、乾燥、エタノール漬け、洗浄、を行い、内容物を顕微鏡で観察して同定する、です。
、、、、、言葉にすると一瞬でしたが、実はこの③がいろんな意味で一番大変でした。いろんな意味で。
「都市型タヌキ」
以上の①②③から、かつては日本の原風景・里山を代表する動物として考えられていたタヌキが、ずいぶん現代化していることがわかりました。
とくに、③の食性分析から、植物園内の池に生息するアメリカからの外来種・ミシシッピアカミミガメ(通称ミドリガメ)を多く食べていることがわかったのです。
食の欧米化。
そう、それはまるで、かつて魚と米中心の食生活だった日本人が、今では日常的にハンバーガーを食べているかのように。
私はそれを「都市型タヌキ」と銘打って、「元来の里山タヌキ」との比較をしながら、その生態をデータ化していくことにしました。
それらのデータを、図にしたり、表にしたりして、世界的にある程度決まっている「論文の型」に当てはめ、文章を添えれば、
ついに、
卒論完成――――!!!
仲間との再会
さて、卒論が完成したら、次は卒論発表の準備に取り掛かります。発表用のスライドを作り、自分が研究室でどんな研究を行ったのかを、生物学科全員の前で披露するのです。
離れ離れになっていた1年間で、みんなどう成長したのか、感動の再会となるわけです。
久々の再会で、ちょっとした気恥ずかしさもありつつ、かつての仲間たちの発表に耳を傾けます。
「これは大変やったやろな~。」とか、「がんばったんやな~。」とか思いながら、みんなで卒業するんだという実感をかみしめるのです。
中でも、1年前までハエの脳を取り出すだけで大人泣きしていた私が、ハエの枕詞とも言える糞を観察し、採集までしていたという発表は、ひときわ周りをざわつかせていたそうです。。
以上の学部生活をざっとまとめると、
3年間一緒に学んだ仲間と1年間お別れし、それぞれの研究室で論文を書いて、その成果を持ち寄って発表会をして、感動の卒業、となるのです。
おめでとう!
で、次は、
卒業後はどうなるの??
という疑問がわきますよね。
今回はとても長くなってしまったので、続きは「理学部卒業後の足取り ~みんな今なにしてる?~」にてお話します!
<おまけの小話①>
お気づきだろうか。「タヌキの研究」と言っても、私が一度もタヌキに触れていないということに。私の卒業研究は、糞に始まり、糞に終わったと言っても過言ではない。
フィールドワーク中、繰り返された自問自答。
私は「タヌキ」の研究をしているのか、
「糞」の研究をしているのか。
そして気づく。
そんなのもうどっちだっていいのだと。糞の向こう側に、タヌキを感じさえすればいいのです。「糞」ではなく、「タヌキの!」糞なのです。
タヌキを感じることさえできれば、その糞もまたかわいく感じる、、、のです、、、きっと。
<おまけの小話②>
一方、カラスを調査していた同級生はどうなったのか。
気になっている方もいらっしゃると思うので追記します。
もともとその同級生は、少しぽっちゃりめで色白の、笑顔のかわいい男子だったのですが、春~夏の間、来る日も来る日も自転車で大阪市内を移動し、双眼鏡でカラスの巣を観察し続けた結果。。
体は引き締まり、カラスのように真っ黒に日焼けをして、何度も警察から職務質問されてそれを乗り越えたことにより謎の自信もつき、秋にはすっかりいい男へと変身を遂げていました。
まさに一石二鳥ですね。
カラスだけに。
(ひろっこりー)