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【talks】博士論文、結婚、子育て、そして海外フィールドワーク【上智大学ガラーウィンジ山本香さん】

ロジカルノーツの読者の皆様、こんにちは。Wです。

 

いま大学院への進学者は少なくありません。ロジカルノーツのライターのけようさんのように、学部から大学院へ進み、修了後に社会人生活を経て、再度、異なる学術領域の大学院へ進学された方もいます。

 

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修士号を視野に入れる人が増えてきたようにも思えますが、その先にある博士課程研究職の世界はあまり知られていない(見えづらい)ように感じます。


高校生、大学学部生、そして社会人の方にも、その世界を知ってもらい、これがキャリア形成や人生設計についてのヒントになれば嬉しい。


そんな気持ちで、先日の記事で「博士学位論文の世界」を教えてくださった、上智大学の研究者、ガラーウィンジ山本香さんインタビューをしてみました。

 

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【1】自己紹介をお願いします

 


ガラーウィンジ山本香です。


上智大学研究員をしています。専門は難民の教育で、シリア難民の教育状況をフィールドワークで調査しながら研究を続けています。


プライベートではシリア出身の男性結婚して、2018年が生まれました!

 

【2】修士課程へ進もうと思った経緯・きっかけは?

 


私は学部3年生のとき、同じ大学の外国語学部から人間科学部へ、転部しました。


ちょうど人間科学部に、教育開発を専門とするフィールドワーカーの先生が他大学から赴任されたころだったので、外国語学部で学んだ言語を生かし、もともと興味のあった教育と子どもをテーマにフィールドワークをしたいと思ったのが理由でした。


転部後、学部卒業まで残された時間2年しかないにも関わらず、その貴重な時間の大半を転部後の単位調整のためたくさんの授業に割かれてしまうし、学部で卒業するなら就活にも多大な時間と労力がかかります。


自分が関心を寄せるテーマの学びに割ける時間があまりに少ないと思い、大学院でしっかり学んだ上でがっつりフィールドワークをしたかったので、あまり違和感なくそのまま進学しました。

 

【3】博士課程へ進もうと思った経緯・きっかけは?

 


修士課程の後は民間に就職するつもりで、就活もそれなりに頑張りました。研究を続けたい気持ちはありましたが、「今の自分に研究者になるほどの器はない」「大学院にはいつでも戻ってこれるし、とにかく一度社会に出よう」と考えていました。そんな甘えた考えだったので、メディア教育広告旅行など、様々な業界の説明会に参加しましたが、ピンと来る会社はなかなか見つかりませんでした。最終的に内定をもらったのは学習塾の運営会社でした。


自分はここで働くんだと心に決め、内定者の集まりにも何度か参加しました。その数度目の集まりの後に、採用担当の方個別で呼び出され、「あなたには迷いがあるように見える。もっと行きたい別の道があるんじゃないか。もう一度、本当に私たちと一緒に働くかどうか、じっくり考えてほしい」と話をされました。


そのタイミングで私が内定辞退するようなことがあれば、その人本人が困るだろうに、ものすごく驚きました。よほど私が浮いて見えたんだろうと思ったので、言われた通りもう一度考え直すことにしました。


そんな迷いを抱えつつ、修士課程最後のフィールドワークに行きました。行き先は南スーダン。指導教員の調査に同行する形でした。そこで紛争直後の社会でも生き生きと学校に通う子どもたち子どもたちに寄り添いながら誇りを持って教壇に立つ先生たちに出会い、私自身がそのフィールドで明らかにしたいことや問いたいことも見つかり、とても充実した調査になりました。


就活のために研究活動を中断していた中で、久々のフィールドワークに行くと、やはり研究から離れたくないという気持ちが自分の中に強くあることに気づきました。そんなフィールドワークを終え、帰国するときの空港で、指導教員「博士、良いんじゃないですか。向いてると思いますよ」と言われました。そのときに博士への進学を決めました。


帰国後すぐに、内定先に辞退の電話を掛けました。このタイミングでの辞退では怒鳴られても仕方がないと思っていましたが、前出の採用担当の方は、「そうだと思いました。一緒に働けないことは残念ですが、またどこかで出会うこともあるかもしれませんので、それまでお互い頑張りましょう」と背中を押してくださり、今でも感謝の念に堪えません。このときのことを振り返ると、研究の道自分で選んだようでもあり、実際の局面では自分の選択が人との出会いに大きく左右されていることを痛感します。

 

【4】博士論文を書くということは?

 


研究者はその人生の中でたくさんの研究テーマを持ち多様な論文を書きますが、博士論文は、それを書いた研究者の人生を象徴するような論文になっていることが多いと思います。


博士論文を書いた時の問題意識情熱は、様々に形を変えることはあっても、その研究者の中で生涯維持されるのではないかと感じています。逆に言うと、私にとって博士論文を書く作業は、私自身の問題意識を読み解く作業でもありました。


扱いたいテーマが様々にある中で、その興味関心の核にあるものは何なのか、自分が人生を懸けても明らかにしたい問いとは何なのか、そして、その問いに対して現時点の自分が全力を振り絞って解明できるレベルはどこなのかなどなど、延々と自分に問い続けました。


そういう問いに対して、理想と現実の狭間で迷子になりながら、「博士論文」という形で答えを出したのかなと思います。

 

【5】博士論文を書くとき、一番大変だった苦労したことは?

 


博士論文の追い込み時は、1年10kg痩せました。 博士論文を書いていて辛かったのは、どれだけ書いても理論展開に穴があるどれだけ考えてもデータを十分に読み込めない「どうして私はこんなにバカなの?」という失望の繰り返しです。


さらにその中で、私が明らかにしたかったことって何だろう?私は何が言いたくて研究を続けてきたんだろう?自分自身まで見失い、指針を失って書けなくなるという負のループでした。


普通の論文でもそういうループにハマることはよくありますが、普通の論文なら「次がある」と割り切って考えられます。でも、博士論文を書くのは基本的に人生一度きり


「これが自分が今までやってきたことの集大成になる、全てを出し切らなければ」と思えば思うほど、全てを出し切ってもこれ?っていう、自分が身につけてきた能力のあまりの足りなさに、悔しさしかありませんでした。


博士論文を書き上げたとき、何となく形あるものができた、という達成感はありました。でも論文「形あるもの」にするために、心を揺さぶられたシリアの人たちの語りの一部を省いたり、何十年と研究を続けてきた尊敬する先生方の先行研究を浅くしか扱えなかったり、自分の力不足で思うように生かせなかった資料に対する申し訳なさと悔しさの方が、達成感よりも大きかったです。

 

【6】あなたにとっての研究とは?

 


私にとって研究を続けるということは、職業というより自分の一部になっています。


そのことを強く意識したのは産後でした。子どもが生まれてしばらくは、私は24時間365日余すことなく「娘の母親」で、自分のことはさておき娘のことばかり考える日々が続きました。


産後1年9ヶ月が経ってから、一晩も離れたことのなかった娘と初めて1週間離れ離れになり、研究調査のためヨルダンに行きました。ヨルダン滞在中も毎日娘と電話はしていましたが、その1週間のあいだ、私の生活の中心研究でした。そのときに初めて、「娘の母親」としてではない、個人としての自分を取り戻した感覚がありました。


娘との密着生活は、それはそれで充実していて何にも代えがたい時間ではありますが、「誰かの何か」ではなく個としての自分が恋しくなるときもあります。それを最も強く与えてくれるのは私にとって研究なんだと気付きました。


【5】で書いたように、研究のおかげで自分を見失うこともありましたが、そこまで突き詰めてきたことが私の一部になっているということを今では実感しています。これから職を失って無給になることがあったとしても、研究そのものは続けるんだろうなと思います。

 

【7】大学院進学の意義は?

 


研究は、自分の問題意識好きなだけ深くまで追求でき、さらにその結果を自分の名前で残すことのできる、贅沢な営みだと思います。


それは職業としての研究者であろうと、大学院生であろうと同じです。


一方で、自由度が高いだけに、自己責任の仕事でもあります。大学院では基本的に先生に何かを教え込まれたり、同期と机を並べて同じ内容を学んだり、ということよりも、自分で自分の問いを突き詰めるという孤独な作業が多いです。


修士課程は基本的に2年で、修了後新卒採用を目指すなら研究ができるのはたった1年という場合もあり、大学院で過ごす期間は本当にあっという間です。その貴重な年数を、内容の詰まった濃い期間にするのか、何も得られないまま過ぎ去る空虚な期間にするのかは、全く本人次第です。


実際の研究テーマを設定するのはなかなか難しいことではありますが、その限られた年数の中で少なくともこれだけは成し遂げたい、という目標を持っておくことは大切だと思います。明確な目標を持つ人には、周りもサポートの手を差し伸べやすくなるからです。


大学院は、大学より研究テーマが細分化されているので、自分が追求したいテーマはどこかで見つかると思いますが、自分と興味関心が100%一致する先生なかなか見つからないと思います。


迷ったときは、その先生がどんな思いを持って研究をしているのか、自分がやりたいことを理解してもらえそうか、自分が間違った方向に進もうとしたとき望んだ方向へ軌道修正してくれそうかなど、先生の著作を読んだり実際の面談で話してみたりしながら、研究の根底にある部分で先生と自分の相性を測ってみるのも良いと思います。


企業のように営利を追求する必要もなく、明確な成果を求められることもなく、ただただ自分の知的な欲求を満たすために時間を費やすことができ、専門的知識を持つ研究者たちに囲まれて彼らのサポートを受けることができる、という場所は多くないと思いますが、そのひとつが大学院です。


安くはない学費貴重な時間を費やして手に入れる贅沢な時間の中で、成し遂げたいことが見つかれば、ぜひ大学院への進学を検討して欲しいです。大学院は必ずしも一般的な学力が求められる場所ではなく、ひとつの問いを追求し続ける根気を持つ人居場所を提供できるところだと思います。

 

【8】結婚生活・子育てとの両立は大変?

 


結婚は仕事上とくに影響はなかったと思います。は私が研究することをサポートしてくれるし、私の家族夫の家族も私のキャリアを応援してくれるので助かっています。


ただ、子どもとなると、私も夫も実家が遠方なので、主な育児要員は基本的に私と夫の2人である上に、妊娠・出産・授乳(母乳の場合)など母親にしかできないこともあり、圧倒的に時間が割かれます。


研究の仕事そのものは、資料PC通信環境があれば基本的な作業はどこででもできるので、在宅勤務が可能です。私が住んでいる地域が保育園激戦地区0歳クラスでは入園申請が通らなかったこともあり、2歳前までは基本的に家庭保育でした(今は保育園に通っています)。


ただ、私の場合、100%集中しなければまともな研究活動ができないので、娘を見ながら文献を読んだり論文を書いたりということはほぼできません。なので、必要最低限の時間は自治体の補助を受けてベビーシッターさんに自宅で娘を保育してもらい、私は外のシェアスペースで仕事をしていました。


通常業務はそのような形で最低限こなしていましたが、フィールドワークはハードルが高かったです。産後初めて1人でフィールドワークに行ったのは、娘が1歳9ヶ月の頃で、妊娠期間と合わせるとほぼ3年のブランクが空きました。


フィールドワーク期間は1週間程でしたが、はそのころ仕事に加えて彼自身も大学院に通っている最中で、週2-3回は仕事の後に23時ごろまで大学院の授業を受けに行っていました。


そんな状況の中で夫も頑張ってくれましたが、夫が帰宅するまでの間は、普段からお世話になっていた3人のベビーシッターの先生方に代わる代わる娘を見てもらいました。


その3人は全員保育士の資格を持つ保育のプロである上に、娘の性格生活リズムだけでなく我が家のどこに何があるかまで事前に把握してくださっていたので、深夜まででも安心して娘を預けることができました。


さらに、本来は単独でのシッティングで繋がりのない3人の先生方が、連携して日々の娘の様子や保育の内容を連絡し合い、「何があってもパパと娘ちゃんを支えようね」と話し合って、娘の保育だけでなく夫の手が回らなかった家事までしてくださっていたと後から聞きました。


日本ではまだベビーシッターという保育の形はあまり浸透しておらず、私自身も最初から保育園に入園できていればベビーシッターを日常的に利用することはなかったと思います。でも、私の場合、子ども自身だけでなく家庭ひっくるめてプロの方に育児を見守ってもらえて、1対1で子どもと深い信頼関係を築いてもらえたおかげで、娘と夫の負担最低限海外出張に行くことができたので、ベビーシッターという形は一番ありがたかったです。


結論として、育児含む家庭と仕事との両立は、研究職だから特段難しいというわけではなく、他の業種に就く共働きの家庭と同じような悩みだと思います。むしろ働く場所時間の融通が利く分、様々な子育てサービスの選択肢ある中では、両立しやすいのではと思います(海外出張などは例外として、通常業務の場合)。


娘が生まれてから研究活動が滞る部分もありましたが、娘の成長する先によりよい社会が待っていてほしいという気持ちと、そして娘に母親を誇りに思ってほしいという気持ちは、研究に対するモチベーションを高めてくれました。娘がいてくれることが私の研究活動にとってプラスマイナスかと問われれば、間違いなくプラスだと感じています。

 

【9】大学院進学に迷い中の女性に向けたアドバイスは?

 


研究職は、内容にもよりますが、作業そのもの女性向きだと思います。力仕事でもないし、仕事をする場所を選ばないので、妊娠・出産を経ても働きやすい身軽な仕事と言えます。


業界的にはまだまだ男社会真っ盛りなので、やりづらさを感じる部分もありますが、それだけに女性研究者が必要とされる場面も少なくありません。


例えば、私が研究を続けてきたシリアの人びとの多くはムスリムです。未婚のムスリム女性に対して、妙齢のおじさん研究者がインタビューを申し出ても、ハナから断られるか、質問が制限されることが多いと思います。一方、女性の若手研究者であれば、メイクファッションなどの女子トークから導入して、時にはパジャマパーティもしながら、質疑応答だけでは見えてこない彼女たちの日常生活をかなり赤裸々に垣間見ることもできます。


男女の区別が意味をなさなくなってきた現代社会ではありますが、フィールドワークに関しては、知識スキルもさることながら、「属性」によって得られる・得やすいデータが違うというのはあると思います。


それだけに、研究者には、今後ますます様々な意味でのダイバーシティを持つ人材が必要になってくるだろうと思います。研究者というと、学業優秀な人というイメージがあるかもしれませんが、研究対象によって、研究者のあり方も変わる必要があります。


文系の研究職のポストが先細りの昨今、研究者に求められるハードル(能力や経験、業績)はこれからどんどん高くなっていくかもしれません。それでも、自分の問題意識をとことん追求でき、自分の名前で成果物を世に出せるやりがいのある仕事であることは間違いないと思います。

 

【10】研究者の道に進んでよかったと思うことは?

 


自分の研究が誰かの心を動かすことができると知ったとき、この道に進んで良かったと思いました。


私の研究の話を聞いて「難民に対する印象が変わった」とか、大学院生が私の研究を知って「難民研究をしようと思った」と聞いたときや、トルコのシリア難民についての研究発表の内容がトルコのメディアに(小さくですが)取り上げられたときなど、私自身にできることを超えて自分の研究が影響を広げていると感じて嬉しくなりました。


また、前回、ヨルダンで行なったフィールドワークでインタビューをしたシリア難民の男の子の中に、将来の夢「パイロット。お客さんを家に連れて帰ったり、いろんな国に行ってみたい」と答えた子がいました。それを横で聞いていたその子の母親が、驚いた後に泣き出しました


理由を聞くと、


「私たちはシリアから避難するのが遅れたので、この子は紛争をたくさん経験しました。空爆を受け、飛行機を見ると泣いて怯えるようになっていました。それが、ヨルダンで暮らすうちに、この子にとって飛行機が怖いものではなく将来の夢に変わっていたことを初めて知りました」


と打ち明けてくれました。


この親子のように、インタビューの中で質問を重ねていると、調査者の私だけでなく回答者側にも新たな気づきが生まれることがあります。それは些細な発見かもしれませんが、その気づきがインタビューの回答者に驚きや喜びをもたらすこともあります。


そういう瞬間に出会えると、この研究を続けていて良かったというか、私はこの研究を続けていていいんだと思えます。

 

【11】コロナによって変わりそうなことは?

 


ヨルダンでの調査は2020年2月末~3月初めに行ったのですが、そのときヨルダンでは新型コロナウィルスの感染者はまだ1人も出ていませんでしたが、中国発祥のウイルスで世界に広がり始めているということは誰もが知っていて、私自身も街中を歩いていると東洋人の見た目のために「コロナ」と声を掛けられましたし、おもむろにヒジャーブ(ムスリム女性が頭髪を覆うスカーフ)で口元を覆われたりもしました。


フィールドワーク中に、現地のニュースで、東洋人の見た目から「この国にコロナを持ち込むな」と韓国人の男性が複数の現地の男性から暴行を受けたという報道もありました。それは単にコロナウィルスだけの問題ではなく、元々人びとが抱えていたストレスが表出するきっかけになったんだろうと思います。


健康を損なったとき生活できなくなる不安や恐怖、それを保障してくれない社会制度への不満、外国(東アジア)人への潜在的な差別意識などなど、自分がそういう気持ちを暴力的な形で誘発しうる存在になってしまったのだと思いました。


2019年以前のような生活はもうしばらく戻らないと思うと、以前のように気軽に長期のフィールドワークに行ってホームステイしてじっくり関係を構築して・・・というようなディープなフィールドワークではなく、効率重視の短期集中型フィールドワークか、リモートでのオンライン調査を検討しなければならず、それで明らかにできる目的設定に切り替えていかなければと思っています。


ただ、私はフィールドワークをする際、指導教員の指導教員である大御所の先生が仰った「フィールドワーカーは自分の目と手でフィールドの日常を世界に伝えるもの」という言葉を大切にしてきました。フィールドの日常を深く読み解き展開していくことがフィールドワーカーの役割だとすると、やっぱり効率度外視の地を這うようなフィールドワークの中で、フィールドやそこに生きる人びとの生活を知る必要があります。早くそれができるようになるくらい状況が回復することを祈るばかりです。


質問者:W

回答者:ガラーウィンジ山本香

 

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