立場を明確に区別する
ある議題についてA説とB説の2つの立場があったとします。論述の際には、まず、この2つの立場を明確に区別する必要があります。
そして、言及したい情報がいずれの立場にとって有利なものなのかを考えなければなりません。
反対説の論拠が重要
自分の立場としてA説を主張したい場合、A説にとって有利な情報を述べるだけでは議論は深まりません。異なる立場の人同士がメッセージをやり取りするからこそ、その議論に意味が生まれます。同じ立場の人同士が「いいね」「そうだよね」と言葉を交わし合うことは心地よさをもたらすでしょうが、対話の後に新たな知見を獲得できるかは疑問です。
「電子書籍 vs. 紙媒体書籍」と単純化できる今回の議論において、説明の便宜上、紙媒体書籍派の立場でのエッセイ例を示しています。「いつでも」「どこでも」購入できる電子書籍には「多くの書籍に目を通しやすい」という強みがあります。このように「量的」観点からすれば紙媒体書籍派は分が悪いでしょう。このような自説にとって不利な点については、反対説の人を納得させるために多くの言葉が必要になってきます。
【「電子書籍の普及」に関するエッセイ(1)】で示した<悪い例>の第3段落と第4段落には、2つの立場を区別しきれていない問題点があります。今回は第3段落について説明をし、第4段落は次回の記事で説明をさせていただきます。なお、論拠にかかわる説明になりますので、論拠の出し方、表現の仕方のサンプルを提供する目的で【改善例】では多くの字数をかけています。
<悪い例>の第3段落
本を通じて何かを得るのが読書の本来のあり方だ。電子書籍が普及することによって、これが失われることは大きな問題である。じっくりと自分に必要な本を選び、書き込みなどをして一冊の本から得られるものを最大化する。紙媒体書籍が築き上げてきた知の伝統が損なわれる事態を回避するべきではないか。
※<悪い例>の全文はこちらの記事の中にあります
問題点
第3段落中にある「読書の本来のあり方」や「知の伝統」についての争いも十分あり得ますが、この点に関する議論は価値観の問題に踏み込むことになりますので、今回は横に置いておきます。
それよりも論理的表現の基礎にあたる「区別のトレーニング」に集中するため、下線部「じっくりと自分に必要な本を選び、書き込みなどをして一冊の本から得られるものを最大化する」に潜む問題点を示したいと思います。
下線部は「紙媒体書籍であれば自分に必要な本をじっくりと選べる」という前提に立った記述ですが、この点については議論の余地があります。
「自分に必要な本か否か」を判断するためにはある程度の内容チェックが欠かせません。電子書籍派の人からすれば、「効率よく多くの書籍をチェックすることによって『自分に必要なものか否か』を見極められる」と主張したいところでしょう。このような観点から下線部の記述を見ると、どのような情報が自説に有利なのかの区別がついていないものと評価せざるを得ません。
また、「書き込み」についても言及していますが、電子書籍でも書き込みは可能ですので、もう少し工夫が必要です。
【改善例】
確かに、電子書籍の場合、その入手が容易なので、さまざまな書籍の中から自分に必要なものを探すことが可能となる。しかし、それゆえに「何を読むか」の検討に時間をかけ過ぎてしまう面も否定できない。世にあるすべての書籍を検討できるわけではない以上、「何を読むべきか」という問題は確証のない決断の要素を含む。そうであれば、「これを読む」と決めたらその判断を信じ、その書籍から得られるものを最大化しようと努めるのが最善策ではないか。このような観点からすると、さまざまな書籍に手が伸びやすい電子書籍よりも紙媒体書籍の方が望ましい書籍のあり方だと思われる。また、紙媒体書籍の場合には、書き込みや付箋貼付など、利便性の向上も図りやすい。確かに、電子書籍においても書き込みなどは可能だが、あくまでデータ上での変化に過ぎない。これに対して、紙媒体書籍の場合には、たとえば本を閉じている状態においてもどのページに何が書かれているのかを視認しやすくする工夫が容易である。
(吉崎崇史)