特殊な和文英訳問題
京都大学2018年度(前期)の英語【Ⅲ】では特殊なライティング問題が出ました。この問題で要求される力を考えると、4技能時代の主流となる出題形式かもしれません。まず、問題を見てみましょう。
次の文章を英訳しなさい。途中の下線部には、ふさわしい内容を自分で考えて補い、全体としてまとまりのある英文に仕上げなさい。下線部の前後の文章もすべて英訳し、解答欄(約12cm×12行)におさまる長さにすること。(25点)
海外からの観光客に和食が人気だという話になったときに、文化が違うのだから味がわかるのか疑問だと言った人がいたが、はたしてそうだろうか。 。さらに言うならば、日本人であっても育った環境はさまざまなので、日本人ならわかるということでもない。
いわゆる「和文英訳」問題に分類されるものですが、下線部に「ふさわしい内容」を自分で考えて補うことも要求されています。
- 下線部の前後を読解し、話題・論点を把握する力
- 下線部にふさわしい情報を考え、それを発信する力
これら2つの力も要求されますので、「日本語を英語に変換する」という単純な「和文英訳」スキルでは対処できない問題になっています。英語の問題ではありますが、ロジカルノーツのメインテーマが論理的表現のあり方ですので、まずは、下線部に入れる情報を日本語で考えてみたいと思います。
場面の把握
場面を把握するために、下線部前の文を見てみましょう。
海外からの観光客に和食が人気だという話になったときに、文化が違うのだから味がわかるのか疑問だと言った人がいたが、はたしてそうだろうか。
- 海外からの観光客に和食が人気だという話になった
- 文化が違うのだから味がわかるのか疑問だと言った人がいた
場面の説明にはこれら2つの情報が使われています。これに続けて「はたしてそうだろうか」と述べることによって「文化が違うのだから味がわかるのか疑問だと言った人」に対して反対意見を示そうとしています。そして、この「はたしてそうだろうか」という言葉の読み方によって異なる議論が出てきます。
<議論①>文化が違えば味がわからないのか
「文化が違うのだから味がわかるのか疑問だ」という発言の背後には「文化が違えば味がわからない」という考えがあります。この考えに対して「はたしてそうだろうか」と述べていると解釈すれば、論点は「文化が違えば味がわからないのか否か」になるでしょう。
このとき、下線部の内容は「文化が違っても味がわかることもある」といった内容になりそうです。
<例>
海外からの観光客に和食が人気だという話になったときに、文化が違うのだから味がわかるのか疑問だと言った人がいたが、はたしてそうだろうか。確かに、長い時間をかけて作られてきた和食文化については日本で生活している人のほうが理解しやすいかもしれない。しかし、味がわかるか否かは個別的問題であり、また、和食料理が海外で提供されていることも考慮すると、観光客の中には和食の味がわかる人もいるはずだ。さらに言うならば、日本人であっても育った環境はさまざまなので、日本人ならわかるということでもない。
- 「文化が違う」ならば「味がわからない」
これに対しては
- 「文化が違う」けれども「味がわかる場合もある」
と述べれば反論を述べた形になります。
ここまでの見通しが立っていれば、「味がわかる場合もある」と述べるために何を言えばよいのかを考えればよいでしょう。
- 味がわかるか否かは個別的問題である
- 和食料理が海外で提供されている
上の例ではこれら2つの情報を示しましたが、「食文化も多様なので、中には和食の味を好む文化圏もある」や「国際化が進む中で食文化も混じり合い、現在の和食の中には海外の人に好まれるものがある」と述べるのもよいでしょう。
どちらかと言えば、この<議論①>は表面的な議論展開だと思います。「文化が違えば和食の味がわからない」という意見が「異文化圏にいるすべての人」を対象とする極端なものであることに着目し、「異文化圏にいる人の中には和食の味がわかる人もいる」という単純な反論を示したものです。
今回、京都大学2018(前期)の英語【Ⅲ】を扱ったのは、このような議論展開を紹介したいからではなく、さまざまな議論展開の可能性が含まれている問題だと考えられるからです。次回の記事では、少し違った議論展開を紹介したいと思います。
(吉崎崇史)