「消去法」の使いどころ
これまでの2回の記事で「『消去法』の欠点」をお伝えしてきました。
もちろん、「消去法」には利点もあります。たとえば、表現の細部に目を向けて考えることになりますので、「正確な情報を選ぶ経験値が高まる」という点が挙げられるでしょう。しかしながら、「最初の方法」として「消去法」を用いることには弊害があります。
今回の記事では、「消去法」の使い方について考えてみたいと思います。
2013年度センター試験(本試験)国語第1問【問5】
前回に引き続き、2013年度センター試験(本試験)国語第1問を用います。今回の記事で扱うのは次の問5です。
問5 「私は鶴丸透の発生に立会う想いがした。」とあるが、それはなぜか。【5択問題】
ー 2013年度センター試験(本)国語第1問
「私は鶴丸透の発生に立会う想いがした。」という文に至るまでの流れは次の通りです。
- 筆者は桜を見るために高遠城址へ行く
↓
- そこで大壺ほどもあるかと思われる鳥の巣がいくつもあるのに気づく
↓
- 「桜より余程見事だ」という感想を抱く
その後に、次の文章が続きます。
私には何の鳥やらわからない。社務所に、巫女姿の娘さんが顔を出したので、聞いてみたら、白鷺と五位鷺だと答えた。樹は何の樹だと訊ねたら、あれはただの樹だ、と言って大笑いした。私は飽かず眺めた。そのうちに、白鷺だか五位鷺だか知らないが、一羽が、かなり低く下りて来て、頭上を舞った。両翼は強く張られて、風を捕え、黒い二本の脚は、身体に吸われたように、整然と折れている。嘴は延びて、硬い空気の層を割る。私は鶴丸透の発生に立会う想いがした。
ー 小林秀雄「鐔」
この問題の選択肢は次の通りです。
-
戦乱の悲劇が繰り返された土地の雰囲気を色濃くとどめる神社で、巣を守り続けてきた鳥の姿に、この世の無常を感じ、繊細な鶴をかたどった鶴丸透が当時の人々の心を象徴する文様として生まれたことが想像できたから。
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桜が咲きほこる神社の大樹に棲む鳥がいくつも巣をかけているさまを見て、武士達も太刀で身を守るだけでなく、鐔に鶴の文様を抜いた鶴丸透を彫るなどの工夫をこらし、優雅な文化を作ろうとしていたと感じられたから。
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神社の森で巣を守る鳥が警戒しながら飛びまわる姿を見ているうちに、生命を守ろうとしている生き物の本能に触発された金工家達が、翼を広げた鶴の対称的な形象の文様を彫る鶴丸透の構想を得たことに思い及んだから。
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参拝者もない神社に満開の桜が咲く華やかな時期に、大樹を根城とする一羽の鳥が巣を堅く守る様子を見て、討死した信玄の子供の不幸な境遇が連想され、鶴をかたどる鶴丸透に込められた親の強い願いに思い至ったから。
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満開の桜を見る者もいない神社でひたむきに巣を守って舞う鳥に出会い、生きるために常に緊張し続けるその姿態が力感ある美を体現していることに感銘を受け、鶴の文様を抜いた鶴丸透の出現を重ね見る思いがしたから。
「なぜか」の説明
本問で答えるべき情報は「鶴丸透の発生に立会う想いがした」理由です。「AだからB」の「Aにあたる情報」を示さなければなりません。
「AだからB」
- A:答に必要な情報
- B:「鶴丸透の発生に立会う想いがした」
課題文には「私は飽かず眺めた。そのうちに、白鷺だか五位鷺だか知らないが、」とあり、「そのうちに、」という表現を用いて「時の経過」が明示されています。「鶴丸透の発生に立会う想いがした」のは「そのうちに、」よりも後のことですので、「『そのうちに、』よりも後ろに『鶴丸透の発生に立会う想いがした』の直接的な原因が書かれていそうだ」と予想することができるでしょう。
この観点で再度課題文を確認してみます。
そのうちに、白鷺(しらさぎ)だか五位鷺(ごいさぎ)だか知らないが、一羽が、かなり低く下りて来て、頭上を舞った。両翼は強く張られて、風を捕え、黒い二本の脚は、身体に吸われたように、整然と折れている。嘴(くちばし)は延びて、硬い空気の層を割る。私は鶴丸透の発生に立会う想いがした。
「鶴丸透の発生に立会う想いがした」直接的な原因は「頭上を舞う一羽の鳥」を見たことです。これが本問における「答に必要な情報」となります。選択肢の中で「鳥」に言及している部分に着目してみましょう。「鳥が飛んでいるか否か」が重要です。
- 巣を守り続けてきた鳥の姿
- 鳥がいくつも巣をかけているさま
- 鳥が警戒しながら飛びまわる姿
- 鳥が巣を堅く守る様子
- 巣を守って舞う鳥
この中で「頭上を舞う(飛んでいる)鳥」の話になっているのは肢3と肢5です。このように「答に必要な情報」に着目することで、本問は5択問題から2択問題へと変化します。
ここで「消去法」
「答に必要な情報」の有無をチェックすることによって、本問は5択問題から2択問題へと変化しました。残る肢3と肢5を見比べてみましょう。
-
肢3:神社の森で巣を守る鳥が警戒しながら飛びまわる姿を見ているうちに、生命を守ろうとしている生き物の本能に触発された金工家達が、翼を広げた鶴の対称的な形象の文様を彫る鶴丸透の構想を得たことに思い及んだから。
-
肢5:満開の桜を見る者もいない神社でひたむきに巣を守って舞う鳥に出会い、生きるために常に緊張し続けるその姿態が力感ある美を体現していることに感銘を受け、鶴の文様を抜いた鶴丸透の出現を重ね見る思いがしたから。
この2つの選択肢に書かれている内容は次のように捉えることができます。
- 頭上を飛んでいる鳥を見た
↓
- その鳥を見て○○と感じた
↓
- 鶴丸透のアイデアに至った先人の思考を感じた(鶴丸透の発生に立会う想いがした)
肢3と肢5では、上記○○にあたる情報が少し違っています。
筆者は頭上を舞う鳥を見て「両翼は強く張られて、風を捕え、黒い二本の脚は、身体に吸われたように、整然と折れている。嘴(くちばし)は延びて、硬い空気の層を割る。」と表現し、「この鳥の何に着目したのか」を示すことによって○○にあたることを伝えようとしています。
しかしながら、この表現だけで肢3と肢5の絞り込みをするのは危険です。
- 「両翼は強く張られて…黒い二本の脚は、身体に吸われたように、整然と折れている」:肢3「翼を広げた鶴の対称的な形象」と対応
- 「両翼は強く張られて…嘴(くちばし)は延びて、硬い空気の層を割る」:肢5「力感ある美を体現」と対応
このような対応関係を読み込むこと自体は否定できないからです。
ここで有効なのが「×」を探す「消去法」です。説明のために、課題文の大雑把な流れを紹介します。関心のある方は過去問を実際に確認してみてください。
<本文の流れ>
- ①応仁の乱以降、刀は実戦用のアイテムになった
↓
- ②これに伴い、実戦向けに堅牢な鉄の鐔(つば)が求められるようになり、まずは刀匠や甲冑師がこれを作り、その後、専門の鐔工が現れた
↓
- ③実戦用の鐔(つば)には「堅さ」だけでなく「軽さ」も要求されるため、鑿(のみ)で文様を抜いた透鐔(すかしつば)が作られるようになった【筆者はこの実用と関連性の強い装飾である透(すかし)に対して「美しさ」を感じている】
↓
- ④平和が来て、刀が腰の飾りになると、鐔(つば)作りにおいて金工家(きんこうか)が腕を競うようになった【そうなった鐔は筆者の興味を惹かない】
③において、筆者は透(すかし)に対し、「美しい」というプラス評価を与えています。その後、④では、金工家(きんこうか)の作った鐔(つば)に対し、「興味を惹かない」という言葉を用いてマイナス評価を下しています。
「金工家(きんこうか)の仕事に対して興味をもっていない」ということが本問においては特に重要となる部分です。ここで肢3を再度確認してみましょう。
-
肢3:神社の森で巣を守る鳥が警戒しながら飛びまわる姿を見ているうちに、生命を守ろうとしている生き物の本能に触発された金工家達が、翼を広げた鶴の対称的な形象の文様を彫る鶴丸透の構想を得たことに思い及んだから。
太字で示した通り、肢3では「筆者は『金工家(きんこうか)』の仕事にも興味をもっている」ことになってしまっており、したがって、「肢3が『×』である」と認定できます。他方、肢5には明確に「『×』である」と言い切れる情報が含まれていません。よって、本問では肢5が正解となります。
解き方の流れ
以上の解き方の流れを示します。
- 初期条件:5つの選択肢
↓
- 「答に必要な情報」の有無をチェック【◎を探す:消去法ではない】
↓
- 選択肢が2つになる
↓
- 残った2つの選択肢の情報を細かく検討【×を探す:消去法】
↓
- 選択肢が1つになる
まず「◎」を探し、それだけでは正解に辿り着けませんでした。そのため、次に「×」を探す「消去法」を用いたという流れです。今回扱った問5は、「◎」を探すだけで正解に辿り着けた前回の問4よりは難しい問題と言えるでしょう。
ポイントは「最初から『消去法』を用いるのではない」ということ。今回の問題では、「5つのものを見比べる」のではなく、「2つのものを見比べる」ために「消去法」を用いています。
最初から「消去法」を用いた場合にも正解に辿り着くことはできるでしょう。しかしながら、そのときには今回の記事で示さなかった多くの情報に着目し、課題文と選択肢の見比べ作業を何度も行うことになりますので、時間がかかってしまいます。
また、それだけでなく、選択肢を読み過ぎて惑わされるおそれも無視できません。5つの選択肢の中に1つだけ正解があるということですから、単純に考えれば選択肢の80%は不正解ということです。8割も間違っている情報を見続けると、判断が鈍る可能性も出てくるでしょう。
まずは「示すべき情報」を考える。それだけで選択肢を絞り込めない場合には「消去法」を用いる。
このように段階を踏んだほうがミスも減るでしょうし、何よりも情報の発信力を高めるトレーニングになります。
最後に…
大学入試における小論文の存在感が大きくなってきており、また、2020年度の大学入試改革によって記述型問題の重要性も高まってきます。要は情報の発信力が重視される流れにあるということです。
情報発信力を高めることに特化したトレーニング教材を見つけることは簡単ではありません。都市部など多種多様なレッスンへのアクセスが容易な環境にいる人とそうでない人とでは抱える不安の大きさに違いが生じるかもしれません。
しかしながら、センター試験の過去問でも使い方次第で情報発信力を高める経験値を得ることは可能です。最後に「『消去法』との付き合い方を気にしながら選択肢型問題に取り組むことによって情報発信力のトレーニングになる」ということをお伝えし、今回のシリーズを終えさせていただきます。
(吉崎崇史)