以前の記事で「電子書籍の普及」に関するエッセイを扱いました。その内容に関して質問を頂戴しましたので、その回答もあわせて紹介させていただきます。
「電子書籍」論点において、「高齢の方など端末操作に不慣れな人が利用しにくい」といった議論もよく聞くのですが、この点について言及していないのはなぜですか?
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ご質問ありがとうございます。
電子書籍はタブレット端末などを要しますので「書籍を購入するだけで読める」というものではありません。そのため、そのような端末を利用できない人は電子書籍技術の恩恵を受けることがないでしょう。読書が人生を豊かにする営みであることを考えると、この点についての議論も重要だと思います。
しかしながら、今回は電子書籍の「普及」がテーマですので「『普及』を肯定するか否か」というシンプルな議論を紹介しました。「電子書籍の普及」に関するエッセイ(1)で示した<悪い例>では、「普及した状態」に否定的な見解を示しています。ここには「普及している過程」の問題を議論の内容に含めていません。「普及した状態」を前提にしています。
そもそも電子書籍が新しい書籍のあり方ですので、従来からの紙媒体書籍のほうが慣れている人は多いでしょう。そのような中で「電子書籍を読むための端末操作に慣れていない人がいる」という条件を議論に持ち込むと不公平な議論になると考えました。したがいまして、「紙媒体書籍を利用できる人であれば、電子書籍を利用するのに必要な端末操作ができる」という前提に立ってエッセイを作成しています。そのほうが「書籍のあり方」に関する議論に集中できるからです。
新しい商品やサービスは段階的に普及するものです。「端末の操作性向上」も含め、「電子書籍の利用しやすさ」はこれからもっと向上していくでしょう。電子書籍の議論において他にもよく話題になる「端末の入手コストの問題」や「不正コピーの問題」などについても「電子書籍が普及する過程での問題」だと思われます。このような普及過程での問題は、電子書籍を取り巻く環境の整備が進むにつれて減少していくのではないでしょうか。
とは言え、正直なところ、普及過程の問題について触れたい気持ちもありました。その問題が深刻であればあるほど「普及させるべきではない」という立場の説得力は強まりますし、そうすると「普及した状態」が成立しないかもしれません。であれば、その状態を前提にすることが難しくなります。
ただ、【「電子書籍の普及」に関するエッセイ】シリーズの主目的は「区別の意識の重要性」をお伝えすることでした。
そのため、複雑な議論を紹介してこの主目的が不明確になることを避けたいという事情もありました。この理由から普及過程の問題には踏み込まずに議論をシンプルにした次第です。
(吉崎崇史)