「新聞を読んだらいいんじゃない」
小論文や面接のレッスン講師として活動しておりますと、「自習時間に何をすればいいんですか?」と聞かれることがたくさんあります。他の科目と比べ、「この教科書をやればいい」というものがはっきりしないからでしょう。学校で習わないものについては基準となるテキストがありませんし。
受験大学・学部によって仕入れておきたい知識は異なりますので個々の受験生に応じて自習方法や教材をお伝えすることになるのですが、ざっくりと「小論文と面接のための自習」についてのアドバイスを求められた場合、「新聞を読んだらいいんじゃない」と回答するようにしています。
また、小論文や面接の対策は入試直前期に行うことが多いため、進学後を想像した心配事を聞くことも少なくありません。
- 「専門書とか読めるか不安っす」
- 「レポートとか書ける気がしません」
- 「大人な会話ができる自分を想像できないです」
「なんでそんなに心配してるの?」と尋ねてみると、その返答の多くは「受験勉強しかしてないし・・・」というもの。「進学後のことは進学後に考えればいいのになあ」とも思うのですが、そのようなときにも「新聞を読んだらいいんじゃない」と回答するようにしています。
以下では、「新聞を読んだらいいんじゃない」という回答に続けて伝えるようにしている「受験生が新聞を読むメリット」についての私見を示します。
受験生が新聞を読むメリット①読み書きの訓練
まず挙げられるのが、読み書きの訓練になるということ。
不特定多数の読者
新聞で使われている表現には特徴があります。それは不特定多数の人に向けられた言葉であるということ。「どんな人が読むのか」がわからない中で作られた表現ですので、知り合いではない人に向けた日本語表現を考える上でとても参考になります。
このサイトによると、朝刊発行部数の1位が読売新聞社、2位が朝日新聞社、3位が中日新聞社であり、その発行部数は、約828万部、約566万部、約284万部とのこと。
大手出版社で営業経験を積まれた方が執筆されたこちらの記事によると、小説で3万部、ビジネス書で5万部、少年漫画で累計100万部、ライトノベルで累計30万部がヒットの基準とのことです。
また、こちらのサイトでは、現役編集者の方が「100万部売れる」ということの意味について解説されています。甲子園優勝の約20倍の倍率という狭き門だとのこと。
もちろん本と新聞の違いはありますが、発行部数だけを考えると、新聞のそれはほんとうにすごい・・・。
発行部数が多いということは、それだけ多くの人がその言葉を読んでいるということ。そのため、新聞で使われている表現は、多数の人に受け入れられている日本語表現のサンプルとして、これ以上ないくらいのものだと思います。この意味で、新聞で使われている日本語表現は、ひとつの基準だと言えるでしょう。
- 「何か書き方のお手本ってありますか? 『この言い方パクっとけ』的なやつ」
特にこのような相談を受けた場合には「新聞を読んだらいいんじゃない。いちばん流通している言葉だし、これ以上ないくらいのお手本だよ」と伝えるようにしています。
ものすごい数の読者を想定し、どのように伝えればよいのかを考え抜いて作成された日本語表現。これに慣れ、そして、その技を盗めば、(少なくとも大学受験において)必要な読み書き能力は手に入るでしょう。
シンプルな表現の多さ
新聞で使われている表現はとてもシンプル。情報を伝えるという目的で表現が選択されているからか、表現技法も多用されていません。日本語文を読み書きする上での基本を身につけやすい教材だと言えるでしょう。
- 文の始まりと終わりの対応関係
- 主語を示す「は・が・も」の区別
特にこれらを考える上ではとても参考になります。
また、シンプルな表現が多いということは「書く力」を向上させるのに役立つということでもあります。「書く」という営みの第一の目的は、情報を伝えること。まず、それに特化した表現をしっかりと読み、その後で「私だったら○○と書きたいなあ」と考えるようにすると、効率よく「書く力」をトレーニングすることができます。
「書く力」のための教材として新聞を見たとき、特に参考になると思われるのが文の切り方。
書き慣れていないと、どうしても口頭での発言と同じように言葉を使ってしまいます。そのため、「『。』を書こう」と意識しないと一文が長くなりがちです。新聞で使われている表現はさっぱりとした文の切り方ですので、一文を短くする方法を考えるよいサンプルだと思います。
受験生が新聞を読むメリット②多様なテーマへのアクセス
新聞にはさまざまな文章が載っています。国内外で話題になっていること、政治や経済、地域ニュースやスポーツニュースなどなど。
新聞にあるのは報道記事だけではありません。特集記事、読者投稿、書評なども話題を広げるのに役立ちます。
新聞の全紙面に目を通していれば、さまざまなテーマについての言葉に触れることができ、考え方や感じ方のサンプルが多数手に入ります。考え方の幅広さや自分と違う視点を想像する力が試される小論文や面接において、新聞を読んでいる人が有利なのはこのためです。
言葉は何かを伝えるための道具です。
そのため、「何を伝えるのか」(テーマ・話題)によって使われる言葉は異なります。少なくとも使用される言葉の偏りは生じます。小論文や現代文において、テーマや話題によってパフォーマンスが大きく左右されるのはこのためです。
新聞の全紙面に目を通す習慣があれば、(少なくとも大学受験において)話題やテーマによってパフォーマンスに差が生じる問題はずいぶんと解消されるでしょう。
全紙面を読む余裕がない場合
新聞の全紙面を読む余裕がない場合は、「社説」だけでも読むようにしておきたいところです。新聞社の意見が書かれています。
社説をチェックすることで「世の中で特に何が話題になっているのか」を知ることができますし、社説を読むこと自体が他の人の意見に触れる体験となります。
- ※ 多くの新聞では「社説」と書かれていますが、産経新聞では「主張」と表記されています。ちなみに、「社説」は、編集手帳(読売新聞)や天声人語(朝日新聞)などのコラムとは違う文章です。
また、全国紙の社説はそれ自体が話題となることも多く、インターネット等で「他の人は社説をどのように読んだのか(感じたのか)」を調べることもできるでしょう。社説を通じてさまざまな考え方や感じ方を入手できること。これも社説のメリットです。
小論文に対する大きな不安を抱えている人には「社説の書き写し」を勧めています。
社説自体が小論文のようなものですので、小論文で使いやすい表現のサンプルがたくさん手に入ります。手を動かすことで定着しやすくなりますし、使用頻度の高い漢字も書けるようになります(小論文のテストで「あれっ、漢字書けない」と気づくケースは少なくありません)。
また、書き写すことで、ただ読むだけだと見落としてしまいがちな表現の細部に意識を向けることもできるでしょう。
早ければ1週間、遅くとも1ヶ月も継続すれば、レベルアップを自覚できるかと思います。
どの新聞を読めばいいの?
「新聞を読んだらいいんじゃない」と言うと、受験生から「じゃあ、どの新聞を読めばいいんですか?」と質問されることが多いです。
- 「家にあるやつでいいよ。前の日の新聞だったら外に持って行っても家の人は困らないでしょ」
このように述べると、「うち新聞とってないんで。親に頼んでしばらくとってもらうんで、オススメを教えてください」と言われることも。
大学受験のためであれば、どの新聞でも構いません。だから、「自分で選んでね。そうじゃないと続けられないでしょ」と伝えています。
いくつかの新聞を手にとって、表現やデザインなどが自分に合っていると思うものを選べばいいと思います。
- 学校や塾・予備校
- 喫茶店
- ネットカフェ
いろんな場所に新聞はあります。受験勉強の息抜きがてらに新聞選びをするのもカッコいいじゃないですか(もしかしたら昭和的な価値観かもしれませんが)。
新聞を購読するのが難しければ、無料会員になるという手もあります。たとえば、日本経済新聞(電子版)は、無料会員でも月に10本まで有料会員限定記事を読むことができるサービスを提供しています。
また、無料ニュースアプリのSmartNewsで読むという方法もあります。チャンネルタブの「国内」「国際」「政治」「経済」などでは新聞社の記事を読むことができますし、社説が読める「オピニオン」もオススメです。
サンプルを手に入れるという意識
「新聞はあてにならない」といった意見を聞くこともあります。
おそらく、こういった意見は「真実であるか否か」という基準で新聞を評価したものでしょう。
「何が真実なのか」は皆が個人的に判断すればよいことですので、その結果として「あてにならない」と感じるならば、その気持ちは大切にすればよいと思います。
本記事では「真実であるか否か」という基準で新聞を評価していません。
- どのような言葉が流通しているのか
- どのような考え方や感じ方があるのか
これらを考察するためのサンプルとして新聞を評価しています。
いろいろなサンプルを手にした後に、人それぞれが「私にとっての真実は何か」を考えればよいのかなあと。
大学受験生という時期にそんな時間を設けることは悪いものではないと思います。
(吉崎崇史)